BLACK LAGOONの双子編のラストについて

逃し屋に殺された方について

 

現代の日本に生きる私のいわゆる「一般的な」物の見方をすると、「親に育てられず変態たちに性的搾取をされ、殺人さえもさせられてしまい、心が壊れて何がが欠けた殺戮マシーンになってしまう」というのは悲しいし、可哀想だとも思ってしまう。

しかし、「可哀想」というのは一種の価値観の押し付けで個人的には嫌いだし、双子の人生を否定することだし、そんなものでこの物語を締めたくない。

殺戮マシーンのようになった彼らに普通の人間と同じような感情はないのかもしれないが、それでも彼らの気持ちを聞いた上で判断したいのだ。しかし、彼らの気持ちがわからないのでかわいそうと同情するべきなのか、頑張ったねと褒めるべきなのかわからない。

気持ちをわからないのにする同情は安い同情であり、自己満であり、平和を謳いながらミサイルを売ることであり、貧しい層を憐れみながら彼らの作った商品をより安く大量に消費することだ。

私は一体どんな感情を彼らに与えるべきなのか。彼らの気持ちがわからない以上答えようがない。

と思っていけどedの日本語訳を見ると逃げたかったことや壊れた心を悔しがるようなことが読み取れた。そうすると私から送れるのは賛美の言葉やあの世での幸せを祈ることなのかな。

 

気持ちに整理をつけるため少し変な文章になった